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劣等感や学歴コンプレックスの高卒でも自由に生きる!会社に縛られない生き方があることを知った〜前編
おはようございます!今日は、雨ですね。
普段、晴れていれば娘とお散歩に出かけたりもするのですがこんな天気なので今日は娘とゆっくり過ごす日にしようと思います♪
さて、今日お話ししたいのは高卒の私が学歴コンプレックスをバネにして「自分らしく自由に生きる方法」を知ったときのことをお話ししようとおもいます。
学歴コンプレックスで自分に自信のない日々
希望していた進学はできなくても叶った夢
こんな時代に、「あなたの最終学歴は?」と聞くのはとても時代にそぐわなくて嫌なのですがあなたの最終学歴はなんですか?
私は、高卒です。
同じく、中卒・高卒の方がこの記事を読んでいたら
あなたは自分の学歴に胸を張れていますか?
「もちろん!今の自分は学歴に囚われず、自由に生きているから!」とそう言える方は本当に素敵です。羨ましいです(笑)
私は、長いことそう考えられなかったからです。完全なる学歴コンプレックスでした。
専門学校や、大卒の方はどうですか?
私にとっては、「行きたかった場所」です。
当時、高校生だった私の本当の希望進路は「専門学校」でした。夢は空港のグランドスタッフで、航空系の専門学校を希望していたんです。
実家の金銭的な理由から、進学は断念して就職活動を始めました。奨学金を借りてでも、通えばよかったのかもしれないけれど私は早々に進学を諦めてしまいました。
高校の進路室で、ペラペラと求人票をめくっていると。
見つけたんです!!
「成田国際空港内での旅客サービス業務」と書かれた求人が。
あった!!専門学校には行けないけれど、私はグランドスタッフになれる!!と期待を胸に、見つけた会社の採用面接に行き無事に内定をいただきました。
一度は諦めかけた、グランドスタッフの夢を叶えることができる!! そう思って、ワクワクしながら高校を卒業し社会人になりました。
待っていたのは理想とかけ離れた現実、やっぱり学歴がない私には無理なんだ。
期待を胸に、千葉県成田市にある会社寮に入居し18歳で一人暮らしを始めながら社会人生活をスタートさせました。
元々、実家はあまり居心地が良くなくて早く自立したいと思っていたから念願の一人暮らしと、やりたかった仕事に就けて正直とても幸せでした。
入社初日。
入社手続きをするため、会社の本社に行きました。
そこには同じく高卒の同期たちが15人くらい居たと思います。この中の数人は、いまだに連絡をとっている本当に良い同期です。
そこで、みんなワクワクしながら入社手続きをしたところで配属部署の発表がありました。
「君たちの配属は、リムジンバスの乗り場業務」です。
あれ?思ってたんと違う…?と少し思ったけれど、それでも空港で仕事ができるだけでも私にとっては大きな幸せでした。
幼いころ、フィリピンに住んでいた私は何度も成田⇄マニラ間の飛行機に搭乗したことがあってそこで接するグランドスタッフさんやCAさんが本当に優しくてかっこいい。その経験から、いつしか航空系を目指すようになっていました。
空港という非日常のワクワクする空間で、世界中の人を相手にして働く。それがすごくかっこよくて憧れていました。
でも、配属されたのはリムジンバス乗り場のスタッフでした。
そもそも、バス乗り場なので屋外だし夏は大型バスの排気ガスで鼻まで黒くなります。とにかく暑いし、冬は雪が降ろうとも運行が続く限りは乗り場に立ち続けなければなりません。
真夏は、アスファルトからの照り返しもあって40℃近い。冬は、成田は特に寒いのでマイナス5℃くらい。
そんな中で、毎日12時間労働を強いられ
憧れていたグランドスタッフさんにはなれず。
CAさんもリムジンバスを利用することが多いけど、
リムジンバスのスタッフになんて目もくれません。
当たり前です、CAさんはフライト終わりで疲れているのだから。
それでも、憧れのグランドスタッフになりたくて
私は上司に掛け合いました。
旅客のサポートケアをする部署を兼任したい、と。リムジンバスの部署から異動でなくてもいい。本当に1日数時間でいいので、旅客サービス課をやりたい!!と。
毎日何度も何度も、話をして なんとか希望の旅客サービス課と兼任することができました。
でも、そこからが辛かったんです。
周りはみんな、航空専門学校を卒業している人ばかり。
当たり前のようにグランドスタッフさんが使う、専門用語を使用しながら業務をしています。
例えば、3レターコード。(成田ならNRT、羽田ならHND)など。必須で覚えなければいけない用語です。
当たり前だけど、私は専門学校に通うことなく就職をしたので、専門学校で習うような3レターコードや専門用語が全くわかりませんでした。
それでも、追いつくために必死に勉強し「夢のグランドスタッフ」になるために頑張り続けました。
私は、学歴はないけど自分で努力して、グランドスタッフとして立派になる!と思ったんです。
でも、現実そうは甘くありませんでした。
いずれはリムジンバスの部署から、旅客サービス課に完全異動を目指して働いていました。
でも、上司に言われたのは
「ごめんね。せめて、専門卒だったらね…」
私はこの時、思いました。
「あぁやっぱり、空港で働くことはできても学歴で落とされる。」
そう諦め、一気に夢を崩された瞬間でした。
今思えば、会社としては即戦力で働ける専門学校卒業生の方がいいに決まっています。
専門的な知識のない私を、戦力になるまでにかける時間やコストが大きかったのは間違いないからです。
でも、当時の私は仕事へのモチベーションをなくし
長時間労働と劣悪な労働環境に耐えられず適応障害になりました。
2ヶ月の休職ののち、入社1年3ヶ月で退職しました。
学歴なんて気にする必要はない。
「自分が夢中になれること」「夢に向かうための方法」が明確になれば、以前の私のように学歴で振り下ろされることもないです。
私は今、文章を書くことがすごく好きでそれが幸せな時間だから
ブログを立ち上げ、Kindleにて書籍を販売しています。
まだまだ、たくさん稼いでいるわけでもないし
実績はこれから作っていきます。
でも、文章を書くことをやめません。なぜなら、好きだから。好きなことを胸を張ってやっていいと、そう思えた素晴らしい方との出会いがありました。
すこし長くなってしまったので、このお話はまた
後編で…
お読みいただき、ありがとうございました。
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