こんばんは!ママの拠りどころ管理人のKeiです。
私はブログを開設して約半年、やる気を失った月もありつつも、ほぼ毎日記事を書いています。
でも、やっぱり何を書こうか…何も浮かばなくなってスランプのような状態になることが多くあります。
そんなとき、物書きの小説家さんたちはどのように考え、乗り越えていったのか…!!
調べてみました。
東野圭吾
「もう駄目、ネタはない」「若いときは一晩寝ればアイデアなんて湧いてきたけど、もう無理」「これ以上どんなに絞っても一滴も出ない、雑巾でいえばカラっカラ」……。
これは私の大好きな東野圭吾さんがインタビューで語っていた言葉です。
東野圭吾さんといえば、白夜行やガリレオシリーズを書いている素晴らしい小説家さんです。
この時、「真夏の方程式」という長編を書き終えた後で、次は「ガリレオの苦悩」という短編集を書いていた時期なのだそうです。周りの編集部のスタッフさんは短編4編でお願いしていたところを、東野圭吾さん自身がどうしても短編5編にしたいと編集部からの依頼よりも1編多く書いていたんだそうです。でも、その1編が思うようにいかず体調を崩すほどのスランプに陥って、上のセリフを言ったんだそうです。
それでも、東野圭吾さんはなんとか書き下ろし、さらに「短編集、2冊出しませんか?」と
提案してきたのだそうです。“ネタ切れ” “アイデア枯渇”が一転して、短編集2冊。おまけに1冊は書き下ろし。
やはり、プロの物書きである小説家さんでもスランプというものはあって体調を崩すほどに悩み、それでも書き続け、世に作品が出ていくのだなぁと。
きっと物書き、というのは辛い時期の方が多いのかもしれません。それでも書き続けるから作品が出来上がる。本当に大変な作業であるな、と感じます。
太宰治
私が、調べて凄すぎる…!!と想ったのが太宰治のエピソードです。
太宰治といえば「走れメロス」や「人間失格」を描いた日本を代表する作家です。
でも、その人生は壮絶で波瀾万丈な人生だったといいます。
明治42年、津島家の6男として生まれその家は、豪邸だったといいます。
家を留守にしがちだった母に代わり、主に叔母に育てられたそうです。
小学校になると作文などで天才的な才能を発揮し、文学に目覚めた学生時代だったそうです。
かねてより、芥川龍之介のファンであり芥川の死は、太宰治にとって衝撃的でした。
その影響もあってか、太宰治は自殺未遂を起こすなど不安的な時期が続きました。
私が調べて、驚いたのは4度もの自殺未遂を起こしているということ。
そしてその経験すらも、作品に書き下ろす…
そして、太宰治は38歳という若さで、1948年6月13日に愛人であった山崎富栄(やまざきとみえ)と玉川上水で入水心中し、亡くなりました。
太宰治の人生は全て、物書きに捧げていたような印象を感じました。
死を遂げた後も「太宰治」という名前がこうして残り続け後世に受け継がれている…
それは大変素晴らしくもあり、大変辛くもある人生だったのだと想像します。
大山淳子
脚本家・小説家である大山淳子さんの例もあげていきます。
大山さんは、『三日月夜話』で城戸賞を、『通夜女(つやめ)』で函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞グランプリを、小説『猫弁〜死体の身代金〜』でTBS・講談社ドラマ原作大賞を受賞。そのほかラジオコンクールでふたつの賞を受賞。
ラジオドラマ『雨やどり』(ラジオ日本) 『届けてレッドマン』(NHK FMシアター)他や、テレビドラマ『カゲロウの羽』(NHK)『猫弁〜死体の身代金〜』『猫弁と透明人間』(TBS) などの脚本を手掛け、小説家としても大活躍されています。
もし、「書きたいけど、なかなか書けない。何ヶ月も書いてない」というかたがいたら、作家にむいてないのではなくて、やりかたが合ってないのではないかと思います。
「キャラクターを固めてから書く」とか「構成を考えてから」「ラストを決めてから」などなど、よりよい作品を書くためのノウハウは世に溢れていて、それを参考にするのはよいのですが、その方法で書けなかったら、自分が書きやすい方法を探してみたらいかがでしょう。「なんとなく書き始める」のでもいいし、「書きたいシーンだけ書いてみる」でもいいし、「人物表を作るのが好き」な人は、そればっかりやってみるとか。
楽しくないと、続きません。続かないと、その先に進めません。肩の力を抜いて、書くことを楽しむ。それが夢に近づく最良の道だと思います。
大山 淳子
私はこのインタビューがとてもとても参考になり、心に残りました。
このインタビューは小説家を目指している方に向けた言葉ですが、ブログを書く私たちにも言える言葉だなぁと想います。
ブログも色々なノウハウややり方が世の中には公開されていますが、
やり方が向いていない…というのはとてもよくわかります。
私も、「1日1記事書け」とか「SEO対策がなんちゃら」とか…そういった、技術的なことにフォーカスしたやり方はとてつもなく苦手で一気に書く気が失せてしまいます。
でも今私のブログの先生は「好きなことをやりましょう」「コツコツ継続です」と仰ってくれていて、このやり方が私にとっては本当に心地よく何より大山さんが仰っているように、楽しくないと続けません。楽しいから書くことができています。
大山さんのこの言葉はまったくその通りだな、と想い感動しました。
おわりに
世間で天才、と呼ばれるような脚本家や小説家でも必ずスランプに陥る時期はあり
天才であればあるほど、その苦しみは深いものなのだと想います。
それでも、それでも、書くことを辞めなかった。
そう言った人たちが天才と呼ばれるではないかな…とおもいました。
私もいち、ブロガーとして、この先も楽しく記事を書き続けたい。そう想えた日でした。