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私がママになる前(過去の自分編)

長年諦めきれなかったグランドスタッフへの憧れ。どう消化したのか。

長年、諦めきれなかったグランドスタッフへの憧れ。職場への未練たらたらだった。それでも、いいと思えた日。

こんばんは、Keiです。

今日は、私が長年人に見せたくなかった「未練」という気持ち。

それをどう消化したのか?

そんなお話をします。

私は、高校を卒業してすぐに幼いときから憧れていた、空港職員になりました。

でも、配属はリムジンバスのスタッフで、憧れていたスカーフを巻いたグランドスタッフではありませんでした。

この辺のお話は以前にもこの記事で書いたのですが、

リムジンバスの配属になり毎日外仕事で、夏は炎天下の中。冬は氷点下の中で10時間以上勤務をしていました。

理想と現実の壁にぶち当たり、辛くなっていく日々でした。

それでも、上司に掛け合って

グランドスタッフ業務と兼務することができたのですが

結局、プレッシャーや長時間勤務に耐えきれず、1年半で退職をしました。

ものすごく、つらい思い出です。

私にとって、空港のグランドスタッフは一番の夢であり目標でした。

なってみたところで、理想と現実は違って、自分の限界を迎えて

退職という道を選んだのは自分なのに、私は長いこと、

「空港で働けなかった自分」が嫌いでした。

そして、空港で働いている先輩たちや元同僚を見ては

「夢を叶えられなかった自分」に嫌気がさしていました。

でも、これってどんな人にも経験があるんじゃないかな?と思います。

私は、成田の空港職員を辞めたあとも未練を捨てきれず

羽田の免税店で働いたりしてきました。

何度も、グランドスタッフの応募を検索しては

学歴で、応募できないことに落胆しました。

今思えば、それは、「私の道」ではないから進むことができないようになっていたんだ、と思います。

18歳で入社して、20歳になる頃に退社。その後3年くらいは

「空港で働きたい」という未練に苦しんでいたと思います。

でも、今私はその気持ちをこうして文章に紡いでいます。

まさか、こんな風になっているとは、あの頃の自分も予想していなかったです。

結婚して、こどもがいて、そんな未来が待っているとは

当時、思えなかったはずです。

でも、人生ってそういうものなのかもしれない。と想いまして。

先のことなんて何にもわからないし、

どうあがいても、開かない道は「自分の進むべき道ではない」ということ。

今、育休中でお休みしていますが、私はホテルマンをしています。

そこで知り合った同僚がいます。茨城出身で年齢は私のひとつ上です。

仕事がすごく丁寧で的確で、しっかりしていて、仕事に対して真摯に向き合う姿勢がかっこいい女性です。

一緒に仕事をしていた頃からもちろんすごく仲良くしていたのですが、育休に入ってから、より深く仲良くなることができて。

私は元々、千葉出身で彼女は茨城で、縁もゆかりもない神奈川という地で知り合って、いろんな辛かったことや、苦しかったことを

2人でお酒を飲みつつ語り合って。毎回地元から出て、働くって、大変だし孤独だよね。って話になります。

それでも、同じようにがんばっている彼女を見ていると

私自身すごく励まされて、

私が空港を辞めて、紆余曲折ありながら、この神奈川の地で

ホテルマンをしたから出会えたご縁です。

そう思うと、人生って面白いなぁ!!!と。

素敵なご縁に恵まれたな、と思います。

最近読んだ本に、こう書いてありました。

選んだ道が一番いい道 [ 大宅邦子 ]価格:1,430円
(2023/8/19 00:49時点)
感想(2件)

「選ばなかった道は振り返らない」

「選んだ道が、一番いい道」

これは、ANAのCAさんを65歳の定年まで飛び続けためちゃくちゃかっこいい方の本なのです。

この本を読んで、未練タラタラだった空港への気持ちも

気がついたら薄れていて、毎日忙しくしていると、過去のことも振り返らなくなって。

過去のことに悩んだり、未練を感じたりするのって、

時間があるから、暇だからだったのかもな。と思いました。

だから、無理に夢や目標に未練があるんだとしたら、

無理に未練を消そうとしなくていい。

気付いたら、傷が治っているように、未練もいずれ消える。

それどころじゃないくらい、人生が大きく変わっていることもある。

1年ちょっと前の私は、夫と結婚していたけど

子どもを持つつもりではいませんでした。

夫婦ふたり、これからもそう過ごすつもりでいたけれど、

いま、私の隣にはスヤスヤ眠る娘がいる。

人生、何が起こるかわからない。

何が起こるかわかるんだったら、面白くない。

人生もっと、楽しむために、「くるもの拒まず、去るもの追わず」

ご縁を大事に生きて行きたいなーと思います。

空港に未練タラタラだった、あの頃の私よ。

誰もが予想しなかったコロナ禍で、空港職員さんたちは大幅に方向転換をされたりと

君が思うように、キラキラした毎日ではなかったであろう。

コロナ禍のときに、君が空港職員をしていても、辞めずに続けられていたか?きっと答えはNOだと思う。

だとしたら、後ろばかり向いてくよくよするな!!!!!!

この先の人生には、たくさんの出会いと、新しい家族に出会う。

幸せに満ちた生活が待っている!!!

あの頃の自分に、そう伝えたい。

今でも、空港に行くと古傷が痛むように

思い出すけれど、それはそっと、心の片隅に置いておく。

きっとみんな、何かしらの古傷を抱えて大人になるんだろう、と

おもったよ。